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走る男
2009年4月4日、雑踏極まる渋谷センター街。人々は日々のルーティンワークで、夢を叶えに、暇を持て余しに、各々の様々な思いを胸に、この場所に集まる。この男、おおさわわたるもある思いを胸に、故郷南大沢からここ渋谷へと向かっていた。
「渋谷最強、いや、東京最強に俺はなる。」
この思い一つでこの男は都下最難関にして最強、都立渋谷高等学校に合格を果たしたのだった。なんという厨二病であろうか。だが、この男は今、大きな問題に直面している。
「あきらめてはいけない、どんな困難が待ち受けていようとも。俺は決してあきらめない。まだ間に合う。集合は8時30分だったが入学式自体は10時ジャスト開始だ。この渋山線なら9時58分渋谷駅着だ。ホームからセンター街まで走れば2分だ・・・ちょろいもんさ。」
渋谷山梨高速鉄道ライン、山梨県南大沢と東京都渋谷を始発とし、二都市間を2時間足らずで結ぶ。通称渋山線である。
「ご乗車のー皆様にーお知らせ申し上げますーあ突風によりー山梨県名物―ぶどうがー大量にー線路に落ちてーしまいましたーこのぶどうをーワインにするためのーあー回収作業がーてまどっておりー列車遅れましてー大変ご迷惑をおかけしますー。」
最悪である。
扉が開く。巨大なビル、行き交う人々、大きなスクリーン・・・渋谷の街が目の前に現れた。おおさわわたるは駆け出した。地元山梨では珍しい、タッチするだけで通れる自動改札に感動する暇すら与えられていなかった。雑踏を掻き分け、ビルの谷間を縫い、おおさわわたるは駆けた。グリコのスクリーンから聞こえてくる「おしゃれ番長」が耳に残る。景色が流れていく、気分がいい。だが、同時に、中学時代400m走で山梨県ナンバー1になれなかった悔しい思い出も蘇える。
(高校では絶対に東京都ナンバー1にのぼりつめてやる・・・!)
決意を胸に、センター街を駆け抜ける。
「ちょっと待てよ、そこのひよっこさんよぉ!」
声が低く響く。
「てめー渋高の野郎だろ?俺たちゃてめーらにいっつもコケにされてあったまくるんだよ!ここいらで溜まったツケ払ってもらおうか。」
相手は五人、しかも図体ばかりでかい。おおさわわたるは躊躇した。
(逃げちゃダメだ。だが相手にしている暇も無い。)
その瞬間だった。一人が音も無く倒れた。次の瞬間は残り全員が宙を舞っていた。真ん中に背の高い、容姿端麗な男が立っていた。あまりの速さにおおさわはただ唖然とした。やっと出た言葉が
「あなたは誰ですか?」
だった。男の返答は
「あぁ、俺?まぁみんなは龍と呼ぶな。この街で本名に意味など無いからこれで我慢してくれ。お前は?」
「おおさわわたる・・・本名だ。これしかないからこれで勘弁してくれ。」
龍と呼ばれる男が笑った。
「ははは!そうか悪かったな。渋高の1年か。俺は新宿高の3年だ。俺は今、お前らんとこの虎を探している。知らないか?片山卓也という男を。」
おおさわは黙っていた。
「知るわけないか・・・なんせあれから2年経つもんな。」
あれってなんのことですか?とかなり久しぶりにおおさわの口から言葉が出た。おおさわわたるは知るはずがなかった。何故ならおおさわわたるは山梨県民だったからだ。
「まあ・・・お前は見込みがありそうだから話しておくか。」
新宿の龍は語り始めた、渋谷の虎の伝説を。
続
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